2010年08月31日

それでも地球は特別なのか

ドミニコ会の修道士でもあった、イタリアの哲学者ジョルダーノ・ブルーノ(1548年−1600年)は、7年の獄中生活のあと、火あぶりの刑に処せられた。ブルーノの著作は、禁署目録に加えられたが、イタリア以外では出版されていたため、今日でもその著作を目にすることができる。
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それほどの問題となったブルーノの説とはどのようなものだったのだろうか。

ブルーノは地球は特別な存在ではないと唱えた。そればかりか、宇宙は無限であり、地球や太陽のような存在は無数にある。したがって、人類以外にも宇宙には知的生命体が存在する可能性すら示唆した。正に驚愕の内容である。

ブルーノはガリレオ以前の哲学者であり、コペルニクスの説をさらに超えた、当時としては、あまりに刺激的な内容であり、異端者として殉教せざるを得なかった。しかしながら、その後、20世紀になり、カトリック教会の負の遺産の清算を訴えたヨハネ・パウロ2世のときに、裁判過程が再検証され、名誉が回復された。(写真はイタリア、カンポ・デ・フィオーリ広場のブルーノの銅像)

もともと、地動説については、ニコラス・コペルニクス(1473年−1543年)が有名だが、コペルニクス自身は、その主著である「天体の回転について」の出版を見ることなく、死期を迎えたと言われている。

宇宙観の議論は古くからある。古代ギリシャ時代の哲学者、エウドクソス(紀元前5世紀)が考案し、アリストテレス(紀元前4世紀))やその師プラトンらによって、論じられてきた同心天球仮説や、紀元2世紀のプトレマイオスにより体系付けられた天動説などが主なものだ。

同心天球仮説は、簡単に言うと、世界の中心は地球であり、その周りを月や太陽やその他の惑星が同心円状の階層構造に並んで回転しているというもの。その後もエクパントス、アポロニウス、ヒッパルコスなどが地球中心の説を唱えたが、それらを体系化したのがプトレマイオスで、一般に天動説と呼ばれる元になった。

また、地球が中心にないという説も古くからあり、紀元前5世紀のピロラオスは、見えない炎の周りを、地球や太陽やその他の星々が回っているという説を唱えた。見方によっては、銀河系を想像させる内容で驚く。アリスタルコスは太陽が宇宙の中心であり、その周りを地球が公転しているという説を唱えた。

コペルニクスは、天動説の対比となる地動説を唱えたのだが、厳密には、太陽が宇宙の中心だとする太陽中心説である。いずれにせよ、天文学上、極めて重要な転機となったため、今でも「コペルニクス的転回」という用語が使われたりもしている。

地動説ではガリレオ・ガリレイ(1564年−1642年)の「それでも地球は動く」が有名だ。ガリレオはコペルニクスの業績を「太陽中心説を復活させた」と評価した。

ガリレオは当時、天動説の根拠の一つ、「もし地球が動くなら、月が取り残される」という理屈を、木星の衛星の発見により、打ち砕いた。また太陽の黒点を観測することにより、太陽が自転していることを示した。これらの発見を論文でまとめたが、すべて地動説に有利な証拠となった。

このような状況に危惧を抱いたローマ教皇庁は1616年、コペルニクスの説を禁じる布告を出した。ガリレオも異端審問所に呼び出され、地動説を唱えないことを宣誓させられた。ガリレオが意に反して宣誓した理由は、過去の裁判で自説を曲げることなく火刑に処せられたブルーノの影響もあった。

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2010年08月29日

古代火星文明

前回までの結論は、現在の人類以前に、別の人類が同じ地球上で文明を築いた形跡がない、というものだった。そうだとすると、現在の人類以外に、この地球のまわりに、別の知的生命体がいる可能性とは何だろうか。

月は避難場所や基地という程度であれば、何とかなりそうではあるが、そこで地球並みの文明を築けるほどの環境にはない。だとすると、可能性はやはり、地球のとなりの惑星で考えてみたくなる。つまり、金星か火星だ。

現在の金星は、90気圧の高圧で、摂氏400度以上の高温の世界だと考えられている。金星の誕生当初は地球と似たような環境だったらしく、初期は生命体が存在していた可能性するある。仮に、その生命体が地球と同じようなペースで進化を遂げたとしても、太陽に近いこともあり、環境が急速に悪化、おそらく知的生命体が誕生するほどの時間的余裕はなかった。つまり、金星人は誕生できなかったし、現在も存在しないだろう。

火星の場合は少し状況が違う。現在の火星の大気は希薄で、大気圧は地球の100分の1以下である。質量は地球の10分の1、表面積は地球の4分の1。つまり地球より一回り小さい。

興味深いのは、過去の火星は今よりも環境が良かった可能性が指摘されている点だ。たとえば地球と同じような大気がある期間維持されていた可能性すらある。今は二酸化炭素の氷、つまりドライアイスが観測されたことはあるが、水は確認されていない。しかしながら、過去には水あるいは海洋が存在していた可能性はあるという。(写真はバイキング・オービター1号が撮影した火星)PIA00407.jpg

だからといって、過去に知的生命体が存在していたかというと、さすがにその証拠はない。もっと正確に言うと、火星の誕生以来、生命が誕生したのかも含め、まったく不明なのである。

ここで、一気におもしろい話にもっていこう。それは、古代火星文明である。荒唐無稽に近い話ではあるが、考えてみるのは楽しい。

火星と地球が誕生し、どちらも同じように生命が誕生し、進化を繰り返しながら、時間が経過した。ここまでは実際にありうる。その後の話は飛躍があるが、いずれにせよ、火星の方で、先に人類のような知的生命体、すなわち火星人が誕生したとする。ところが、火星の環境が徐々に悪化。しかたなく、火星人は別の星や惑星へ移住することを考える。そのときの火星人の人口は不明であるが、移住できた火星人の数が限られていただろう。そして、その時期がいつか、というのは難しいが、いずれにしても、その時点で、地球は生命に満ち溢れていた。
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2010年08月28日

25万年の歴史しかない、今の人類

以前、地球上に知的生命体、つまり今の人類、が誕生するまで40億年の歳月を要したと書いた。しかし、厳密に言うと、別の可能性があることに触れていなかった。

地球が誕生してから、46億年位経っていることはどうも間違いない。そして、最初の生命体、つまり古細菌やバクテリアが誕生したのが、およそ40億年前、それから長い年月を要し、三葉虫やアンモナイトが誕生したのが、4〜5億年前。これもほぼ間違いない。その後、恐竜が誕生したのが、およそ2億年以上前で、絶滅したのが、6500万年前と考えられている(写真は映画「ジュラシックパーク」より)。images.jpg絶滅の理由はユカタン半島で起きた天体衝突。これが有力な説だ。そして、哺乳類自体は2億年以上前から存在が確認されていて、恐竜の絶滅とともに多くの哺乳類も打撃を受けた。

それにしても、人類としてのホモ・サピエンスは25万年程度の歴史しかない。つまり、人類が誕生してから、25万年あれば、現在並みの知性の獲得が可能だということだ。もっと言うと、25万年あれば、人類は宇宙に飛び出すことができる。

ホモ・サピエンスがどうして誕生したかは厳密にはよくわかっていない。進化論に沿って、類人猿から進化したのであろうか。いずれにせよ、6500万年前から今まで、あるいは、チェサピーク湾への天体衝突が起きた3500万年前から今まで、人類は一度しか誕生していないのであろうか。あえて言うと、そこははっきりしていないのではないのか。

もし、25万年以上のさらに前に、実は人類が一度誕生していたとすると、今我々が遭遇したとされる宇宙人の類は、旧地球人である可能性が出てくる。これはあくまで想像の話だが、それにしても、そうだと仮定すると、いろいろおもしろい説明が成り立つ。

しかしながら、この仮説はおそらく正しくない。なぜかというと、6500万年前に絶滅した恐竜の化石がいくつも発見されているにもかかわらず、人類の骨や化石で、25万年以上前のものは、一切発見されていないからである。つまり、地球上には25万年前に登場した人類が、唯一の人類である可能性が高い。
posted by 火星ちゃん at 12:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 生命体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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