2010年09月02日

生物の大量絶滅と謎の恒星ネメシス

人類誕生の鍵を握るのが、皮肉なことに、恐竜を絶滅させたという天体衝突にあるらしい。ユカタン半島の6500万年前の衝突、チェサピーク湾の3500年前の衝突、そして、もっとも最近では、500万年前にも天体衝突が起こったとされている。

1984年以降に発見された化石のデータに基づいて調査・分析した研究グループによると、2700万年ごとに生物が大量に死滅しているパターンを示していている。大きな天体衝突と、生物の大量絶滅に関し、周期性があるということだ。アポロ計画の月の岩石を分析したリチャード・ミューラー(Richard A.Muller)教授(カリフォルニア大学バークレー校)もこの説に一役買っている。

ネメシスの仮説は、1984年に古生物学者のデビッド・ロープ(David Raup)とジャック・セコスキー(Jack Sepkoski)の両氏が、生物絶滅が驚くほど定期的に繰り返されていることを発見したことがきっかけになっている。この説明のために、2つの天文学者グループq41.gif、ウィットミア(Whitmire)とジャクソン(Jackson)のグループと、デイビス(Davis)、ハット(Hut)そしてミューラー教授のグループが、それぞれ独立して同じ号のネイチャー誌に論文を発表した。これが、ネメシス仮説と呼ばれるものであり、太陽には未発見の伴星があり、この星が周期的にオールトの雲(想像図。JAXAのサイトより複製)を乱して、地球への衝突の原因となる彗星を発生させるというものである。

ネメシスの存在はまだ確認されていない。しかし、結論は意外に早く出る可能性がある。存在しているとすれば、2009年12月にNASAが打ち上げた広域赤外線探査衛星「WISE」の役割が大きい。ミューラー教授は、ネメシスは現在太陽から1-1.5光年離れた位置にあり、うみへび座の方向に見えると推定している。ネメシスが褐色矮星の場合は、WISEによって発見できるとされている。あとは、地上の大型望遠鏡にも期待が寄せられる。チリに建設が予定されている大型シノプティック・サーベイ望遠鏡「LSST」や、4台の望遠鏡プロジェクト「Pan-STARRS」などは、高感度で全天を観測できるということだ。

ちなみに、ネメシスとは元々ギリシア神話で「神の怒り」を表す女神のことである。

以下、ネメシス関連。

1) 恐竜はネメシスを見たか
   リチャード・ミューラー著 手塚治虫訳

2) ネメシス〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)
3) ネメシス〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)
   いずれもアイザック・アシモフ著
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2010年09月01日

人類の誕生の不思議

先のブルーノの説は突出していた。たいした道具もない時代に、宇宙が無限に拡がること、地球や太陽が特別ではないこと、他にも地球と似た星が存在すること、などを考察したこと自体驚愕だ。

現在では、多くの物理学者も、人類や地球が特別でないと考えている。地球外、太陽系外の知的生命体については、きっとそれで良いだろう。しかしながら、人類はどのように誕生したか、という議論に決着がついているとは思えない。本当に哺乳類から進化のか。そうではないのか。そこが問題だ。

哺乳類が繁栄し始めたのは、現在からさかのぼっても、恐竜が絶滅した6500万年前以降である。恐竜時代は、約2億年続いた。その時代にも哺乳類はいたのだが、今日ほどの繁栄はなかった。これは不思議なことだ。恐竜の時代の2億年の間、哺乳類は何をしていたのか。もし恐竜が絶滅しなければ、哺乳類の時代は来なかったのだろうか。あるいは、恐竜が進化して、今の人類に変わる、恐竜ベースの知的生命体が誕生したのだろうか。

どうもそういうことではないのではないか。人類は、誕生すべくして、誕生したのではないか。6500万年前から現在までの間で、何かが起きたと考えたい。恐竜の絶滅とは関係ない。つまり、地球はもともと生命にとって快適な環境にあり、三葉虫が繁栄した今から5億年前あたりからは、いつでも人類が生存できる環境にあった。なぜ、25万年前になるまで、ホモ・サピエンス(人類)は誕生しなかったのか。その方が不思議だ。

一つの可能性は、やはり、誰かが、”たまたま”今から25万年前にホモ・サピエンスを誕生させたからである。もっと前でもよかったが、それ以前のタイミングではなかったというだけだ。その誰か、について、今まで、色々考えてきたわけだが、太陽系外からの宇宙人の可能性は低い。様々な困難があるし、もし、そうなら、今でも宇宙人があふれていなければならない。

したがって、太陽系内の誰か、という可能性を考える必要が出てくる。だから、古代火星文明の話が出てきた。問題は、残念ではあるが、この件についての何の証拠も見つかっていないことだ。250px-Wernher_von_Braun.jpg

NASAやロシアが有人火星探査を早くから計画していた理由もうなずける。火星を調べることが地球および人類の誕生の鍵となることは間違いないからだ。

第2次世界大戦のV2ロケットの開発を主導したフォン・ブラウン(1921年−1977年。写真)は、戦後、米国へ亡命し、主導的な立場で米国の宇宙開発に携わった。アポロ計画が成功し、次の計画について、有人火星探査計画を具体的に立案したのもフォン・ブラウンだ。しかしながら、その計画が実現することはなかったのである。
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2010年08月31日

それでも地球は特別なのか

ドミニコ会の修道士でもあった、イタリアの哲学者ジョルダーノ・ブルーノ(1548年−1600年)は、7年の獄中生活のあと、火あぶりの刑に処せられた。ブルーノの著作は、禁署目録に加えられたが、イタリア以外では出版されていたため、今日でもその著作を目にすることができる。
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それほどの問題となったブルーノの説とはどのようなものだったのだろうか。

ブルーノは地球は特別な存在ではないと唱えた。そればかりか、宇宙は無限であり、地球や太陽のような存在は無数にある。したがって、人類以外にも宇宙には知的生命体が存在する可能性すら示唆した。正に驚愕の内容である。

ブルーノはガリレオ以前の哲学者であり、コペルニクスの説をさらに超えた、当時としては、あまりに刺激的な内容であり、異端者として殉教せざるを得なかった。しかしながら、その後、20世紀になり、カトリック教会の負の遺産の清算を訴えたヨハネ・パウロ2世のときに、裁判過程が再検証され、名誉が回復された。(写真はイタリア、カンポ・デ・フィオーリ広場のブルーノの銅像)

もともと、地動説については、ニコラス・コペルニクス(1473年−1543年)が有名だが、コペルニクス自身は、その主著である「天体の回転について」の出版を見ることなく、死期を迎えたと言われている。

宇宙観の議論は古くからある。古代ギリシャ時代の哲学者、エウドクソス(紀元前5世紀)が考案し、アリストテレス(紀元前4世紀))やその師プラトンらによって、論じられてきた同心天球仮説や、紀元2世紀のプトレマイオスにより体系付けられた天動説などが主なものだ。

同心天球仮説は、簡単に言うと、世界の中心は地球であり、その周りを月や太陽やその他の惑星が同心円状の階層構造に並んで回転しているというもの。その後もエクパントス、アポロニウス、ヒッパルコスなどが地球中心の説を唱えたが、それらを体系化したのがプトレマイオスで、一般に天動説と呼ばれる元になった。

また、地球が中心にないという説も古くからあり、紀元前5世紀のピロラオスは、見えない炎の周りを、地球や太陽やその他の星々が回っているという説を唱えた。見方によっては、銀河系を想像させる内容で驚く。アリスタルコスは太陽が宇宙の中心であり、その周りを地球が公転しているという説を唱えた。

コペルニクスは、天動説の対比となる地動説を唱えたのだが、厳密には、太陽が宇宙の中心だとする太陽中心説である。いずれにせよ、天文学上、極めて重要な転機となったため、今でも「コペルニクス的転回」という用語が使われたりもしている。

地動説ではガリレオ・ガリレイ(1564年−1642年)の「それでも地球は動く」が有名だ。ガリレオはコペルニクスの業績を「太陽中心説を復活させた」と評価した。

ガリレオは当時、天動説の根拠の一つ、「もし地球が動くなら、月が取り残される」という理屈を、木星の衛星の発見により、打ち砕いた。また太陽の黒点を観測することにより、太陽が自転していることを示した。これらの発見を論文でまとめたが、すべて地動説に有利な証拠となった。

このような状況に危惧を抱いたローマ教皇庁は1616年、コペルニクスの説を禁じる布告を出した。ガリレオも異端審問所に呼び出され、地動説を唱えないことを宣誓させられた。ガリレオが意に反して宣誓した理由は、過去の裁判で自説を曲げることなく火刑に処せられたブルーノの影響もあった。

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